草加市の歴史

草加市は江戸時代、日光街道・奥州街道の2番目の宿として反映していました。その歴史は中世にまでさかのぼります。1212年頃に時の支配者北条氏が鶴岡八幡宮に現在の草加市にあたる谷古宇郷を寄進したという記録が残されています。この谷古宇という名称を受け継ぐ名字も現在まで残されています。

本格的に草加という名称が知られるようになったのはやはり江戸時代になってから。1630年に江戸幕府から宿町として正式に認可されたところからはじまります。その後日光道中の宿場町として、また綾瀬川の舟運の拠点として賑わうことになります。その名残は札場河岸跡や望櫓などで偲ぶことができます。

明治に入り、1889年の町村制の施行にあわせて南草加市や谷古宇村をはじめとする数多くの町村が合併、草加町が成立します。当時は北足立郡に属する町でした。戦後に入り1958年、市制が導入されたことで現在の草加市となりました。この際、町名や町域が大幅に変更され、現在に至っています。なお、2004年には人口20万人以上の自治体に認められる特例市に認定されました。

このように、草加市の歴史は江戸時代にはじまり、いくつかの変転を経ながら現在まで続いています。よい意味で懐かしい雰囲気を残しているのも宿場町として反映した歴史ならではのものでしょう。また、現在では若者が多い地域という特徴も持っており、これからの発展にも期待が集まっています。古いようで新しい、そんな魅力を持った地域といえるのではないでしょうか。